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松戸市常盤平金ケ作公園事件

 

1章:本当に良い天気ののどかな日曜日に事件は起こった

 

平成29年5月21日

 

「今日も暑くなるでしょう。熱中症にならないよう気を付けてください。」

 

朝9時過ぎ、ニュースの天気予報を聞いて練馬区の家を出る。

毎週第2~4週の日曜日に行われる松戸市常盤平の金ケ作公園で行われる6チームでのリーグ戦、

草野球に参加するためだ。

 

電車を乗り継いで新京成常盤平駅に着いたのが午前10時10分頃。

駅前のスーパーに寄ってアクエリアスの2Lボトルを購入し、ゆっくりとグラウンドに歩いて行く。

10時20分頃グラウンドに到着。

朝9時に開始していた第一試合が終盤を迎えている。

グラウンド脇でユニフォームに着替え、チームのメンバーと話をしているうちに第一試合が終わった。

 

ベンチがあいたところで腰かけてスパイクを履く。

試合開始までの時間を使って準備運動をする。

普段ならキャッチボールもするのだが、右肩を痛めているのでやめておいた。

 

10時55分、予定通り試合開始。

今日は各リーグの50歳以上の人なら年会費を払えば入れる「エルダーズ」での参加。

今年50歳になったばかりなので新人ということになる。

対戦相手は「ライナーズ」

お年寄り相手の接待みたいな試合なのでのんびりムードだ。

 

1回表エルダーズの攻撃

1番レフトの自分の打席から。

簡単に3者凡退となる。

 

1回裏ライナーズの攻撃。

1,2番を打ち取ったのだが

3,4番に続けて四球。

盗塁などで2死2,3塁となって5番打者。

ショートフライだったがこれを落として2点を取られる。

後続を打ち取って0対2となる。

 

2回表エルダーズの攻撃

これまた簡単に3者凡退。

そして、午前11時20分を回った頃。

 

2回の裏に入って1アウトを取り、声をかけていると、ライトの方から

「わー」

と大きな声が聞こえて来る。

「何だ?」

と思っていると左肘のあたりから茶色のシャツに黒のズボンをはいた男と、

グレーの作業着のような服を着た男が、向かい合うようにしてグラウンドに入ってくる。

チームの誰かが大きな声で

「包丁持ってる!」

レフトを守っている自分はゆっくりとショートの後ろあたりまで近づく。

すると確かにグレーの作業着のような服を着た男が、両手で刃物らしきものを持って身構えながら歩いている。

茶色のシャツの男は左肘のあたりから激しい出血をしていて、肉がえぐれているように見える。

 

そのまま二人はセカンドの方まで向かいあわせのまま歩いてくる。

そのうちグレーの作業着のような服を着た男が

「助けろ!」

と叫ぶ。

しかし刃物を持っている男になんてうかつに近づけない。

セカンドの後ろ側から1塁ベンチの方に回り込むように移動する。

グラウンドからほぼ同時に何人かが叫ぶ。

「とにかく包丁捨てろ!」

その声に一瞬躊躇したのか、隙をついて茶色のシャツを着た男が作業着のような服を着た男を押し倒す。

そして右手に持った刃物を、左腕が使えないので右手だけで奪おうとするが失敗。

作業着のような服を着た男は身をひるがえして脱出し、再び叫ぶ。

「見てないで助けろよ!」

こちらも再び叫ぶ。

「包丁捨てなきゃ助けられないだろ!」

すると1塁側ベンチのバットケースの方にむかって刃物を投げた。

そして3塁側の方に走っていく。

ライナ-ズのメンバーが回りを囲んだ。

 

「110番した?早くしないと!」

と自分も叫びながらも自分で連絡しようと思い、

バッグに入っている携帯電話を取り出そうと1塁側ベンチの端の方でかがんだ時、

「危ない!」

と後ろから声がかかると同時に頭に強い衝撃を受ける。

続けてすぐに2発目の衝撃が背中を襲う。

一瞬何が起きたのかわからなくて慌ててその場を離れると、

茶色いシャツを着た男がグラウンドの外に向かって歩いていく。

持っているバットを見て自分がバットで殴られたことを理解する。

 

そのバットは以前自分が買ってきたものだった。

ミズノのビヨンドマックス。

軟式野球専用のバットで、芯の部分がウレタンになっていて、

バットがへこむことにより軟球のへこみを緩和して打球を飛ばす仕組みだ。

このウレタン部分が頭に当たったので一発目は衝撃だけで済んだらしい。

しかし2発目は先端部が肩に当たったので痛みを感じる。

 

「これは危険だ。目を離しちゃいけない」

と思い、先について行ったチームメイトを追っていくと

「通行人を殴ってる!」

と叫び声が。

慌てて近寄るとすでに道の真ん中に白髪姿の男性が倒れている。

前を見ると左側の植え込みのところで口から血を流している男性が。

なおも通りかかる人に向かって、来る人来る人にバットで殴りかかっているようだ。

そのまま角を左に曲がると、なおも殴りかかっている。

自分とチームメイトは大声で

「逃げてー!」

とその大分先を歩いている人にむかって叫ぶ。

すると目標がなくなったからなのか、振り向いてこちらに向かってくる。

 

(どうする?)

ちょっと躊躇したがこのままでは何人被害者が出るかわからない。

何とかして止めようと思い、向かっていくことにする。

 

「坂さん!行くの?」

後ろからチームメイトの声が聞こえる。

すると無造作にバットを振りかぶり、殴りかかってくる。

そこに正面から飛び込み、タックルを試みる。

反射的に左手で抑えようとするが、中指と薬指にぶつかった後左側頭部にバットが直撃。

しかしなんとか組み付く。

 

下を向いているので相手の両足が見える。

(これは足を刈れるぞ)

と思い、右足を相手両足の後ろに回して手前に戻す。

そのままもんどりうって相手は仰向けに倒れる。

自分も一緒に倒れこみ、相手の右手を左手で抑え、右手は首を、あとは全身で抑え込む。

すぐさまその上にチームメイトの一人が、さらにその上にもう一人のる。

 

「警察はまだ?」

とチームメイトが叫ぶと

「まだ!派出所にも誰もいない!」

とどこからか返事が。

仕方ないのでそのまま抑え込む。

最初無言でいた茶色のシャツの男だったが、何分かたったあと

「痛い」

と言い、体をくねり始めた。

しかし観念しているのか、思っていたよりは暴れない。

「こっちだって痛いよ」

とつぶやき、息を切らしながら抑え込む。

 

10分くらい抑えているのだろうか。合気道をやっているという人が来て

「もう抑えるから大丈夫」

と言われ、上から順々にかぶさるのをやめていく。

最後に自分がゆっくりと離れ、少し離れたところで腰をおろす。

 

「大丈夫ですか?」

「頭から血が出ていますよ!」

「よく向かっていけましたね!」

など次から次へと声がかかる。

アドレナリンが出ているのか、痛みはあまり感じないし、落ち着いてはいるので、苦笑いを浮かべながら

「大丈夫。まいったねー」

などと返事をしていると、ようやく警察がやってきてタンクトップの男を確保。ひと安心。

ユニフォームは茶色のシャツ男の血で染まっている。左手も血まみれ。顔や帽子にもかかっている。

血の匂いというのをこんなに嗅いだことはない。

周りで見ていた人は自分が刺されたのではないかと思っているかもしれない。

 

「何か必要なものがありますか?」

とチームメイトが聞くのでバッグを持ってきてもらうようお願いする。

「持ってきました」

ライナーズの榊君がバッグを持ってきてくれた。

「ありがとう。あ、アクエリアスもそばにあるはずなんだけど」

「バッグの中に一緒にいれましたよ」

「ああ入っている。ありがとう。」

バッグから取り出し、アクエリアスを飲む。

興奮状態から徐々にさめてきているのか、両手、とういうか全身が軽く震えていることに気付く。

「救急車は?まだ?」

誰かが叫んでいると消防車の音が聞こえてくる。

「消防車じゃないよー」

とまた誰かが言うと

「いや救急車とセットで来るから」

などと話しをしているうちに救急車も集まってくる。

「待つしかない身だからだろうか。警察もそうだったが、救急車もなかなか来ないな・・・」

 

しばらくすると警察の人が

「取り押さえた人は?」

と聞いてくるので手を挙げる。

 

「目撃した人は?」

とあたり一面にむかって叫んだ。近くにいる人たちが一斉に手をあげる。

これで事件の証拠をおさえることになるのだろう。

目撃者はたくさんその場にいた。何しろ野球をやっているところに侵入してきたのだ。

 

意識もはっきりしていて無難に受け答えをしているので大丈夫と思ったのだろう。

「警察です。お怪我のところ申し訳ありませんが質問させてもらってよいですか?」

と警察手帳を見せながら聞かれる。

警察手帳を見たのは初めてだ。

「いいですよ」

と答える。

 

警官「まずお名前からよろしいですか?」

自分「坂 一浩です」

警官「生年月日は?」

自分「昭和42年1月2日です。」

警官「住所、よろしいですか」

自分「ああ、免許証出します。」

バッグから財布を、財布から免許証を取り出して警官に渡す。

「ありがとうございました。後、連絡先を教えてほしいのですが」

言われて妻に連絡しなければならないことに気が付いた。

「この番号です。」

警官がメモを取り合わるのを見計らって聞く。

「電話していいですか?」

「どうぞどうぞ。してください」

そのまま通話ボタンを押す。

 

「もしもし?どうした?」

聞かれて一瞬なんて答えようか躊躇する。

(「バット持った男を取り押さえようとして殴られた」なんて言えないなあ)

「うーんちょっと暴漢に襲われたんだ。頭殴られたので救急車で病院行くわ」

「大丈夫なの?そっち行かなくて大丈夫?」

「大丈夫だと思うよ。しっかり検査してくるから、そっちにいて」

「わかった。気をつけてね」

 

妻への連絡を終えると

(母親にも一応連絡しておいたほうがいいか)

と思い、実家にも連絡を入れるが、今一つピンときていないようだ。

「テレビとかで報道あるかもしれないけど、とりあえず俺は大丈夫だから」

と言い終えて電話を切る。

 

そしてここまで起こったことを警官に説明する。

質問をされながら救急隊によるケガの確認。

またも生年月日や住所から聞かれるので、今度はさっさと保険証を出して見せる。

肩も痛いのだが、やはり心配は頭だ。

診てもらうと出血もしているようだ。しかし興奮状態のせいかあまり痛みを認識していない。

瞳孔のチェックだろうか、小さい光を目に当てられ、何やら確認される。

 

タンクトップの男はかなりの出血だが、確保されたままでいっこうに救急車に乗せられる気配がない。

「あのくらいの出血では出血多量死しないのだな・・・」

バットで顔の下半分を殴られた男性は口から血を流している。

そのうち血を吐き出した。

「血を吐いていますから早く救急車で運んであげてください」

そう言う自分を横目で見ながらも、救急隊は落ち着いており、ブルーシートを敷きだす。

血まみれになって倒れている自分を通行人に見せるのはよくないと思ったのか、ブルーシートで幕をつくり、こちらを見えないようにしている。

 

「確かにこんな状態をジロジロ見られるのは気分のいいものではないので助かるな」

そういえばスパイクを履いたままだったことに気づき、バッグから靴を取り出し、履き替える。

日曜日なので受け入れ先がないのか、救急隊があちこちの病院に電話しているのだが、なかなか救急車に乗り込まない。

タンクトップの男はみるからに重症だし、刃物を取り上げた男性は包丁でケガをしているだろう。

重傷者を先に送らなければならないのだから、軽症者は後回しになるのは仕方ない。

それにしても待たされるのはつらい。

興奮状態もおさまってきて頭の痛みも自覚し始める。さわってみると結構なコブになっている。

傷もあるから触ると痛いので後はあまり触らないようにする。

待っている間に血圧を測定することになる。

「上179の下96ですね。」

言われて数値の高さに少し驚く。普段は高くても140もいかない。

 

何分くらいたったのだろうか。

「新松戸中央総合病院で大丈夫ね?」

という救急隊の声が聞こえると、

「では病院に向かいます。救急車にお乗りください」

言われて立ち上がると

「歩けますか?」

と聞かれて

「大丈夫です。問題ないです。」

と答え、ゆっくりと救急車に乗り込む。

 

顔を殴られ、血を流している男性は、自分よりあきらかに重症だ。

備え付けられている救急ベッドに寝かしつけられている。

こちらは付き添い者の座る場所だろうか。

救急車に乗るのは小学生以来だし、そのときはベッドに寝かしつけられたのでわからない。

茶色いクッションのスペースに言われるまま腰かける。

 

するともう一度本人確認。

ベッドに座った状態の男性は、その場で氏名に生年月日、さらに住所を聞かれている。

質問の間に自分より5歳ぼど若いことがわかる。個人情報流れまくり。

そして患者を区別するためなのか、名前などを書かれたタグを首からぶらさげられている。

その時、胃に入った血が逆流したのだろうか、

差し出されていたビニール袋を受け取ると、再び血を吐いている。

さぞかし嫌な感覚だろうなと思う。

 

自分は先に保険証を見せているのですでにタグはできあがっていた。

こちらも首からぶらさげる。

そうしてゆっくりとサイレンを鳴らしながら救急車が出発。

「新松戸中央総合病院」

と聞いたところで、

(ちょっと遠いな)

と思う。案の定日曜日なので道はそんなに混んでいないのだが、運転に慣れてない人が多いようで、救急車が通るというのに道をあけることができない車が多い。

右折の時などは救急車を無視して普通に曲がっている車もいる。

体を固定できず、進行方向に対して横向きにちょこんと座っているので、

Gがかかると叩かれている頭が痛い。

(できればベッドに寝たかったな・・・)

それでも15分くらいだろうか、病院に到着する。

日曜日で休日診療なので裏の入り口から病院の中へ。

(血まみれのユニフォーム姿ではさぞかし周りはギョッとしているだろうな・・・・)

 

何事?という目線を感じながら病室へ入る。

ベッドに腰かけてようやく、

「手を洗っていいですか?」

ここまで相手の血で手は真っ赤に染まっている。

すっかり乾いて薄いかさぶたみたいに乾いているが、気持ち悪い。

ついでに顔にも飛び散った血も洗い流す。血生臭いという言葉をよく聞くが、猛烈に実感する。

 

簡単に外傷を確認すると、

「CTスキャンを撮りましょう。後、肩のレントゲンも」

と言われ、ベッドを降り、CTスキャン部屋へ。人生初のCTスキャンだ。

5分ほどで撮影を終え、さらに隣のレントゲン室へ。

正面、横、斜めと3回くらい体勢を変えて撮影を終える。

 

再び最初の診察室へ。ベッドに座って指示を待つ間に、

「着替えてもいいですか?」

許可を得て、朝来た時の服に着替える。

血染めになったユニフォームを見て何とも言えず絶句する。

 

「これに入れてください」

看護師さんが大きめのビニール袋をくれたのでユニフォームをつっこんだ。

 

しばらくすると医師に呼ばれ、撮影の結果を聞く。

CTスキャンで撮った写真を見ながら、

「特に問題はないですね。ヒビや出血も見当たりません。」

とりあえずひと安心。ついでによくテレビで見る脳梗塞の傾向みたいのものをチェックし、

「ここの白いところは何でしょう?」

と聞くと、

「年齢とともに生じるもので特に問題はないですよ。」

(そうか、老化か・・・・)

複雑な思いが混じるが、まあとりあえず安心ということで。

 

「肩の方も特に骨などに異常はないですね」

レントゲン写真を見ながら医師が言う。

「そうですか。それはよかったです。」

と、答えるが打撲は何度も経験しているので予想通りの結果だ。

「とは言っても頭の方が何日か経って症状が出ることがありますから、

何かあったらすぐに病院に来てください。」

そうして診察が終了。待合室で待機する。

 

15分ほど待っていると、病院の(会計を行っている?)人がやってきて

「お待たせしました。申し訳ありませんが、事故や犯罪にあった場合の治療費は保険が効かないので、

10割負担となってしまいます。」

「今回CTも撮ってますので、合計で3万円になります。」

ビックリ。そんなお金いつも持ち合わせていない。

何より人に襲われてこっちに落ち度は何も無いのに、なぜ医療費を払わなければならないのか。

思わず即座に返答する。

「そんなお金持ってないです。殴った相手に請求してくださいよ。」

休日診療なので病院の医師も看護師も若い人ばかり。

そうそうこんなことは起きないだろうし、対応に困っている。

「とりあえず警察に連絡してもらえばいいですから。こちらも指示を待ちます。」

そんなやり取りがあって、とりあえずお金は払わず、帰っていいことになった。

しかし、バッグを持ってきてよかった。ユニフォームのまま手ぶらで来ていたら、一文無しで途方に暮れてしまう。

 

さて診療が終わったのはいいが、初めて来た病院。

しかも裏口なので自分の居場所が今一つわからない。

友人の家が病院の近くなのと、目の前に線路があるので、大体の位置はわかるのだが、新松戸駅がどちらの方向かわからない。

おぼろげな記憶とカンを頼りに歩いていたら、逆方向に進んでいることがわかり、引き返すことになる。

 

(さて、どうしたものか。このまま帰ってはまずいのだろうなあ)

そういえば後で詳しく話を聞かせてもらう、と警官に言われていた。

正直頭も肩も痛いので、家に帰ってゆっくりと横になりたい。

しかしとりあえずグラウンドに戻ることにする。

 

新松戸駅で電車を待つ間、メールが入っているので確認してみると

[今日の野球は中止です。

通り魔がグラウンドに乱入してきて、坂もケガして救急車で病院に行っています。]

なんて来ているものだから、とりあえず無事で、これからグラウンドに向かう、と返信する。

続いて嫁さんに

「診察終わった。特に問題はないそうだよ。警察が聞きたいことがあるっていうのでとりあえずグラウンドに行く」

と携帯で伝えて千代田線に乗る。

松戸駅で新京成線に乗り換え、朝と同様に常盤平駅に降り、グラウンドに向かう。

グラウンドに行くと現場は黄色いテープでしきられている。

テレビ朝日のバスが止まっていて、記者らしき人がグラウンドに入っていく。

上空にはヘリコプターの音が聞こえる。

(これは思ったより大騒ぎになってるぞ・・・)

 

早く座りたかったので、避けるように公園を大きく迂回しながら、試合が終わるといつも食事を取る喫茶店、「たんぽぽ」に行こうとする。事件のあった場所から道路を挟んで20mくらいのところだ。

しかし通りに出ようとしたところで、呼び止められる。

 

「すみません。フジテレビなのですが、先ほどこちらの公園で刃物を持った男が暴れていた、という事件があったのをご存じですか?」

どうしようかな?とちょっとためらったのだが、

「ああ、私が取り押さえました」

と返答し、血まみれになったユニフォームを見せて状況を説明していると、

 

「すみません。産経新聞なのですが、もう一度今のお話を伺ってもよいですか?」

と来る。

これはキリがないな・・・と思い、店に歩きながら話を続けていると、店の前でライナーズの河野さんが10人以上の記者やカメラに囲まれている。

うわ・・・・と思っているとこちらもたくさんの人に囲まれる。

日差しもガンガン照り付けている中、もう一度最初から説明していると、どんどん繰り返しの説明要求は来るし、続きの説明要求も来る。

頭も痛むし、少しでも早く座りたい。

「このくらいでいいですか?」

と、適当なところで無理やり切り上げさせてもらう。

「顔を出してもよろしいですか?名誉の負傷なのですから!」

これも最初は断っていたのだが、

「どうぞ、いいですよ」

と答え、「たんぽぽ」に入る。

入口の横では河野さんがまだ、取材を受けている。

 

「おお、お疲れさん。大丈夫だったか?」

チームメイトから声をかけてもらい、

「ああ、なんとか大丈夫みたいです。まいりましたね。」

ソファーに腰を下ろし、

「やっと座れました。疲れますね。」

外でまだインタビューに対応している河野さんを見ながら、とりあえず水を一杯飲みほした。

周りにはこの後に行われる予定の試合に出るはずの「フェニックス」のメンバーが集まっている。試合中止の連絡が行っているはずだが、グラウンドに来ていたようだ。

時計を見ると午後2時20分をさしている。

 

フェニックスの監督が

「話を聞きたいって言うから、(ライナーズの)河野を代表で出したんだ。まだ、インタビューやってるよ。」

と教えてくれる。

「それは大変ですね。自分も繰り返し同じこと聞かれるし、正直シンドイので引き上げさせてもらいました。」

言ってまた水をもらって飲み干す。

 

その間に、店の中にも3人ほど記者が入ってきて、名刺を渡され、話を聞かれる。

しかし目撃者が他にも店内にいるので、代わりに答えてくれる。

「こいつが取り押さえたんだよ!!」

「警察は感謝状出さなきゃ!」

「それより金一封だろ?」

・・・・・ちょっと好き勝手に言っているような気もするけど、実際、他の状況がどうなっているのか自分にはわからない。周りの人のほうが一部始終をよく見ている。

 

3時になろうという頃、ようやく河野さんが解放され、店に入ってくる。

「ご苦労さん」

と皆に声をかけられ、苦笑いしながら束になった名刺を見せてくれる。

どうやら相当な人数から2時間以上インタビューをされたようだ。本当にお疲れさまです。

 

朝食以来何も食べていないので、何か食べようと思うのだが、食欲がわかない。

まだ少し震えが残ってもいる。食べるのはあきらめ、水分だけをたくさん取る。

そうこうしているうちに警察から携帯に連絡が

「松戸東署の者です。今回の事件の当事者としてお話を伺いたいのですが。お疲れの上、ケガもされているのに申し訳ありません。署の方に来ていただけますか?」

そう言われても松戸東署がどこにあるかわからないし、わかったとしても行くのは面倒なので、

「構いませんが、こちらのお店に迎えに来ていただけますか?署の場所もわからないので。」

そう答えると

「わかりました。お迎えに上がります。場所は事件現場の前のお店ですか?」

「そうです。たんぽぽってお店です。」

「では伺います。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。」

「わかりました。」

そう言って電話を切り、時計を見ると午後3時10分を回っている。

 

午後4時を回った頃、婦人警官が車で迎えに来る。

店を出て、ドアを開けられて後部座席に乗り込むと、

「これからもう一人の被害者を乗せて署に向かいます。」

と連絡を入れ、発車する。

 

「申し訳ありませんが、これからもう一人の被害者の方を迎えに行きますね。」

言って車は公園近くの裏の道に入っていく。

5分もしないうちに到着。顔の下部分をタオルで押さえた男性が出てくる。

バットで顔を殴られ、口から血を流して同じ救急車で運ばれた男性だ。

 

自分「お疲れ様です。大丈夫なんですか?」

男性「大丈夫ですが、前歯二本折れました。」

(うわ・・・・)

自分「全くとんでもないことになりましたね。」

男性「私、図書館に本を返しに行ったところだったんですよ・・・」

自分「それはまたなんて運の悪い・・・」

男性「犯人はつかまったんですか」

自分「ええ。私取り押さえました。」

男性「それはよかった。」

 

そんな会話をしているうちに松戸東警察署へ到着。

テレビカメラが1台来ていて、アナウンサーが何か伝えているようだ。

目立たないように裏口からこっそりと署内に入る。

階段を昇り、入口の手前で

「こちらでお待ちください。」

と言われ、通路にある茶色のクッションに、もう一人の被害者の方とともに椅子に座る。

通りすがる警察官が

「お疲れ様です。大変でしたね。」

と声をかけてながら階段を下りてゆく。

 

午後4時半を回る頃、

「お待たせして申し訳ありません。よろしくお願いします。」

先にもう一人の被害者の方が取り調べ室に入っていく。

それから少しして、

「お待たせしました。」

と黒いTシャツを着て、下は黒いズボンを履いている警官に声をかけられる。

「坂さん、申し訳ありませんが、犯人を取り押さえたということで、

大分お時間をいただいてお話を聞くことになります。」

(それはかなり長くなりそうだな・・・・)

心の中で大きく溜息をついて

「わかりました。」

と答える。

「お怪我もされていて、相当にお疲れかと思いますが、申し訳ありません。よろしくお願いします。」

そう言われて自分も取調室へ連行される。

「すみません!関係者通ります」

大きな声でフロア全体に聞こえるように声をあげる。

「こちらです。すみません、こちらの第一取調室で容疑者の取調べも行っていますので。」

言われながら第三取調べ室へ連行される。

「どうぞおかけください。」

言われてバックを脇に置き、奥のパイプ椅子に腰かける。

 

調書を取るという警官が机をはさんで反対側の椅子に腰かけると、

「このたびは怪我をされている上、お疲れのところ本当に申し訳ありません。」

恐縮するくらい何度も繰り返しお詫びの言葉を受け取ると、

「今回は容疑者が刃物を持って、全く関係の無い人を刃物で襲った上、さらにバットを奪って無差別に人を殴っていったということで、重大事件として取り扱っております。」

(そうなんだ・・・確かにとんでもない事件だものな・・・)

「容疑者の動機とか詳しいところはお伝えできないのですが、こんな無抵抗で無関係な人々を次々と被害にあわせる、なんてことはとても許しがたい行為ですので、真相をしっかり追及していきたいと思います。」

ここまで聞いて(おお、感情的な言葉も入るんだな)と少し驚く。

「なので本当に申し訳ありませんが、かなり細かいお話を伺う上、この場で調書を作成する、という作業になりますので相当な時間をいただくことになりますが、ご協力お願いします。」

深々と頭を下げる警官に

「わかりました。」

と答え、取り調べが始まる。

 

警官「では始めます。まず最初に、ご職業は?」

自分「自営業です。早稲田でコーヒー豆の焙煎をして販売しております。」

警官「身長と体重を教えていただけますか?」

自分「身長182cmで体重92キロです。」

警官「大きいですよね。通常こういう体つきの人に向かっていくという人はいないので、それだけでも容疑者の精神状態が異常だということがわかります。」

自分「そうですか、今回は特にこんな体で良かったと思いました。」

言われてみて今日見かけた警察官の中で自分より大きい人は見なかったと気付く。今正面に座っている警官はその中でも大分小柄な方だ。

 

警官「やはり野球をやられてたのですか?私もやっていたんですよ。やりたいですよ、野球」

自分「そうですね。大学までやっていました。」

警官「大学までですか。それはすごいですね。自宅は練馬ですよね?なぜ松戸の方まで?」

自分「6年前までは我孫子に住んでいまして、中学時代の野球部の同期とともに参加しています。」

警官「そうなんですね。所属しているチーム名はなんというのですか?」

自分「フェニックス、といいます。」

警官「フェニックス、ですか。胸のマークのスペルはどういう綴りになりますか?」

自分「P,h,o,e,n,i,xです。」

警官「F始まりじゃないんですね。」

自分「そうなんです。私もチーム名を決めるときに初めて知ったんです。

警官「すみません、もう一度スペルよろしいですか?」

自分「ああ、ユニフォームありますので出しますね。」

言いながら、右側に置いたバッグの中から血まみれになったユニフォームの上着を取り出す。

警官「うわ、すごい血がついてますね。これは容疑者の?」

自分「そうですね。左腕からひどい出血していましたから。あ、ズボンも出しますね。」

こちらも血まみれになったユニフォームのズボンも取り出し、床に上下に並べる。」

警官「これは・・・すみません、このまま置いてもらっていてよろしいですか?」

自分「ええ、構いません。」

 

そう答えると、そばにいた別の若い警官に

「これ、写真撮っておいてくれるか。」

と指示をする。

「わかりました。」

と答え、撮影者を呼びに行くのを見届けると、

 

警官「坂さん、こちらのユニフォーム洗わないでおいてもらっていてよろしいですか?」

自分「それならこちらに置いていきますので、預かってもらって結構です。多分もう使えないだろうし・・・」

警官「ありがとうございます。これはれっきとした証拠品になるので、預からせていただきます。」

するとカメラを持った警官が入ってきて、撮影を始める。

何枚か撮ると

「ありがとうございました。」

と言いながら、床にユニフォームを置いたまま部屋を出ていく。

 

警官「ありがとうございます。では続けさせていただきます。自宅を出られたのは何時頃ですか?」

自分「朝9時10分頃です。」

警官「それから電車に乗って・・・・常盤平駅に着いたのは何時頃ですか?」

自分「10時15分頃ですね。」

警官「グラウンドに到着したのは?」

自分「10時25分頃ですね。」

 

聞き取りをしながら同時にすごい勢いでキーボードを叩く。

どうしても会話のテンポに入力は追いつかないので、ここでちょっと待ち時間ができる。

手持無沙汰なので取調室をぐるーっと見回してみるが、テレビでよく見るあの風景と一緒だ。

床に置かれたユニフォームを見ながら軽く溜息をつく。

聞き耳もたててみるが、ドアを閉めた部屋の中では、キーボードを叩く音しか聞こえない。

仕方ないのでまだ残っているアクエリアスを一口飲む。

 

警官「すみません。どうしても調書を作りながらの聞き取りになってしまいますので・・・続けますね。」

自分「はい。」

警官「今日はあのグラウンドでは何時から試合をやっていたのですか?」

自分「9時からですね。」

警官「何試合する予定だったのですか?」

自分「3試合ですね。あ、日程表持っていますので出します。」

 

リーグ戦なので試合日程は1か月前から決まっており、選手はその日程表を各自もらっている。

その日程表をバッグから取り出し、

自分「5月21日なのでこの日程ですね。」

警官「この2試合目になるのですね。坂さんのチームはエルダーズ、になるんですか?」

自分「そうなんです。ちょっとややこしいんですが、このリーグ6チームの50歳以上の人と監督だけが出られるチームを作っているんです。」

警官「そうなんですね。それで坂さんはフェニックスのユニフォームで参加されていたんですね。」

自分「そうです。だからチームのユニフォームはバラバラです。」

警官「相手はこのライナーズ、ですね。試合は何時から始まりましたか?」

自分「予定通り10時55分に始まりました。」

警官「それで2人が入ってきたのは何回ですか?」

自分「2回の裏になりますね。ワンアウトをとったところでした。」

警官「どのような様子で?声とかは聞こえてきましたか?」

自分「「わー」とかいう声が聞こえました。」

警官「二人はどのあたりから入ってきましたか?」

自分「ライトの方からです。他の殴られた人が通っていた道路の方から」

警官「その時坂さんはどの辺にいましたか?」

自分「レフトの位置ですね。」

警官「その時二人は坂さんから見て何メートルくらいの位置にいましたか?」

自分「何メートルと言われてもピンときませんが、20メートルくらいでしょうか?」

警官「その時坂さんの位置から刃物は見えましたか?」

自分「「刃物持ってる!」って声は聞いたのですが、銀色のようなものを持ってるかな?くらいの確認しかできませんでした。」

警官「刃物を確認できたのはどのくらいの位置ですか?」

自分「ショートの後ろあたりに来たところでしょうか。」

警官「その時の距離は?」

自分「10メートルより遠いくらいだと思います。」

警官「失礼ですが、坂さん視力はどれくらいですか?細かくてすみませんが、実際どのくらいの距離からどのくらいの視力で見えたのか、という証拠が必要なんです。」

本当に細かい。普段野球の位置でどの辺にいたか説明はできるが、

それが何メートル?と言われるとピンとこない。

自分の身長何人分つなげるかなーみたいな感覚で答えていく。

自分「視力は1.0くらいです。」

警官「裸眼ですか?レーシックとかやりましたか?」

自分「レーシックやりました。」

警官「どのレーシックですか?いろいろ種類があるでしょう?」

自分「レーシックって自分がやったときは1種類しかなかったですが。」

警官「角膜を削って新たなフタをするものと、切らないものとあるんですよ。

自分も削る方のレーシックをうけました。」

自分「ああ、角膜を削る方です。」

これまた細かい、というかこれは必要な情報なのだろうか?

疑問に思いながらも質問すればさらに長くなるだけなのでしない。

警官「被害者の方がどのような服装だったかわかりますか?」

自分「グレーの作業着上下のように見えましたが・・・」

こう答えたところで、他の警官と被害者の服装の確認が始まる。

そして「確認してきます。」と言い、部屋を出ていく。

警官「すみません。他のいろんな人の目撃証言と整合性をとらなければならないので。」

自分「ああ、なるほど。言われてみると被害者の方の服装、よく見てなかったです。」

 

少しすると先ほどの警官が帰ってきて

「グレーのウインドブレーカーですね。」

と報告され、(ウインドブレーカーかあ。作業着に見えたけどそういえば今日、日曜日だし変だよな。)

と思う。

警官「その位置から被害者の方が刺されていることを確認できましたか?」

自分「いや、血がついているなというのはわかりましたが、刺されているところまでは確認できませんでした。というより、この時はまだ刃物を持っている方が犯人だと思っていたので。」

警官「そうでしたね。容疑者の方の服装はわかりますか?」

自分「茶色いシャツで、下は黒いズボンだったと思います。」

こちらは隣の取調室に当人がいるので確認の必要はないようだ。

警官「その後容疑者と被害者の方がもみ合いになりましたよね?そのときの坂さんと2人の位置はどのあたりでしたか?」

自分「2人がセカンドのあたりで、私はファーストのファールグラウンドのあたりまで回り込むように移動していました。」

警官「そのときの距離は?」

自分「5mくらいだと思います。容疑者が刃物を奪おうとするのですが、被害者の方が奪われずになんとか逃れて立ち上がったんです。」

警官「坂さんはそのときどうしていましたか?」

自分「見てないで助けろよ!と被害者の方が叫んだので、

他の人たちと一緒に刃物を捨てろよ!と叫びました。そうしたら刃物を投げたんです。」

警官「どちらの方向に刃物を投げましたか?」

自分「1塁側ベンチの方ですね。何で投げたんだろうとは思いましたが、被害者なら刃物奪われないようにしますよね。」

警官「1塁側ベンチのどのあたりになりますか?」

自分「バックネットとの間のあたりです。バットケースが置いてあるところですね。」

こう答えたところで、容疑者が刃物を取りにいったのだな、ということに気が付く。

(ああ、だから刃物の代わりにバットを取ったのだな・・・)

 

警官「被害者の方はどちらに逃げましたか?」

自分「3塁側ベンチの方です。それですぐにライナーズのメンバーが囲んだんです。」

警官「その時坂さんは?」

自分「誰も警察に連絡していないのかと思って、警察に電話した?って叫んだんですけどハッキリしなくて、バッグから携帯を取り出そうとしました。」

警官「その時の容疑者は?」

自分「容疑者の方だと思っていなかったので後ろむいてしまったんですよね。それで後ろからバットで殴られてしまったんです。」

警官「容疑者の動きを見ていないんですね。」

自分「そうなんです。見ていれば避けますよね・・・油断してたんですね。」

警官「バッグはどの位置にありましたか?」

自分「1塁側ベンチの一番ライトよりの脇です。」

警官「そこで携帯を取り出そうとして殴られた?」

自分「そうです。そのバッグですね。左側のポケットに入っているのでそれを取ろうとして。」

ユニフォームと一緒に席の右側に置いたバッグをさしながら言う。

 

ここまで話したところで長めのパソコンへの打ち込みが始まる。この間に、

自分「すみません。トイレに行きたいのですが。」

警官「あ、どうぞ。少々お待ちくださいね。」

部屋の入り口から左右を確認すると、

「すみません!関係者通ります」

再び大きな声でフロア全体に聞こえるように声をあげる。

事務所出口まで先導してもらい、通路に出てトイレに向かう。

通路の椅子には左手に湿布を貼った、もう一人の被害者が座っている。

トイレをすませ、通路で声をかける。

自分「大変ですね。」

被害者「もう3時間くらいいます。早く帰りたい。」

自分「とんでもないことが起きましたよね。エライ目にあいました。」

被害者「全くです。私、バットを持ってふざけているのかと思ったんですよ。まさか殴りかかってくるなんて。」

自分「普通考えられないことですからね・・・」

すると取り調べしている警官が傍らに立ち、

「そろそろよろしいですか?」

と声をかけられる。

「はい、大丈夫です。それでは。」

返事と声かけを同時に行い、再び取調室へと戻る。ユニフォームはまだ床に並べられたままだ。

 

警官「それでは続けさせていただきます。容疑者はバットで殴った後どちらに向かいましたか?」

自分「ライトのファールグラウンドの方ですね。そのまま通路に出たと思います。」

警官「坂さんはすぐ後を追った?」

自分「いや、殴られてとっさにその場を離れ、ちょっと呆然としてました。先に和田さんが追ってました。」

警官「では通行人をバットで殴っているところは見ていませんか?」

自分「そうですね。和田さんが「通行人をバットで殴ってる!」と叫んだのが聞こえて、

これはマズイことになる、と。」

警官「それで後を追ったわけですね。最初に殴られた方を見たのはどこですか?」

自分「通路を出てすぐのところですね。白髪のおじいさん?が道の真ん中に横たわっていました。」

警官「二人目の方を見たのはどこですか?」

自分「公園脇の通路の出口の手前、左側で口を押えていました。それで(容疑者は)左に曲がって。」

警官「三人目を殴った、それも見ていないですか?」

自分「見ていないですね。なおもそのまま道を進んでいくので、和田さんがまず「逃げてー!」と道のずっと先に見える人に叫んで、続けて自分も「逃げて!」と叫びました。」

警官「それで容疑者は?」

自分「くるっと振り向いてこっちに向かって歩いてきたんです。仕方ないなと思って止めに行きました。」

警官「容疑者がバットで殴りかかってきたわけですね。」

自分「とっさに左手が出て中指と薬指に当たって、左の後頭部にバットが当たりました。」

警官「それからどうしました?」

自分「組み付いて下を見たら足が見えたので、これは刈れると思って両足を払って一緒に倒れました。」

警官「どのように足を払いましたか?」

自分「右足を後ろに回して手前に引きました。」

警官「柔道でいう小外刈りをかけたわけですね。」

自分「柔道の技はよくわからないんですが、そうなるんですかね?その後すぐに自分の上に二人乗って抑え込みました。」

警官「上に乗った人の名前はわかりますか?」

自分「自分の上に和田さんが乗って、その上に誰が乗ったかはわかりません。」

 

ここまで聞き取りを行うと、警官はスマホで金ケ作公園上空のGoogleMapを見せ、

警官「すみません。この写真で容疑者はどちらから入ってきましたか?」

毎週行っているグラウンドだが、航空写真で見るとよくわからない。

スマホを右に回したり、縦にしたりと何度か繰り返し、建物や公園の木の生え方とかを思い出してようやく方向を特定する。

自分「こちらがライトの位置になるのでここからですね。」

警官「少々お待ちください。」

言って再び他の警官と、他の証言者とのすり合わせを行う。証言を一致させなければならないので手間がかかるなあ、と思う。

すり合わせが終わると調書をパソコンに打ち込んでゆき、終わると部屋を出てゆく。

時間は夜8時を回っている。

この間に妻や心配して連絡をくれた友人達に[まだ取り調べ中です]とメールを送る。

すると揃って[まだやってるの?長いね]と返信が来る。そうだな、もう3時間になる。

テレビを見ているとよくカツ丼が容疑者に出ているけど、ここまでお茶の一杯も出ない。

本当にアクエリアスを持ち歩いていてよかった。今飲み終わっちゃったけど。

 

紙の束を持って警官が戻ってくると

「本当に長くかかって申し訳ありません。ここまで作成した調書なのですが、確認していただきますか?」

印刷された調書に目を通し、ところどころ細かい違いを指摘する。調書の最後に

[このような行為に及ぶ犯人を絶対に許せません。しかるべき処置をお願い致します。]

と書いてあるのは警察の脚色だそうだ。まあだいたいそうかな、とも思うけど。

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